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紀里谷和明監督から学ぶ!「楽しい」と「喜び」は違う。やり尽くした先に見える景色とは?

紀里谷和明監督から学ぶ!「楽しい」と「喜び」は違う。やり尽くした先に見える景色とは?

たまたまログミーで紀里谷和明監督のログを読んでいたんですが、衝撃を受けたのでシェアします。

夢があるなら、なぜ命をかけないの? 紀里谷監督が若者に檄

かなり分量が多いのですが、私がガツンと衝撃を受けたのが
「楽しい」と「喜び」の違いはどこにあるか
という箇所。

冒頭を引用します。

よく思うんだけど、楽しいと喜びって違うんですよ。「楽しい」っていうのはお金で買える。ディズニーランド行ったら楽しいし、カラオケ行ったら楽しいし、キャバクラ行ったら楽しいじゃん。

 

でもそこに喜びがあるのかっていうと、それはまた別の話で、実はそこの部分をね、若い人たちには考えてもらいたい。

 

最近喜んだことって何だろう? 案外ないはずですよ。楽しいことはあったとしても。「最近喜びはあったか?」っていうことだと思うんだよ。

 

それが見つかると、その人は幸せですよ。そこにはものすごい苦しみが付随すると思う。僕はそれの中毒になってるだけの話なんだと思う。僕はっていうか、ありとあらゆる人たちがそうなんだと思う。映画監督だけでなく、マラソン選手や、山登る人もそうだし。

どうですか? 最近「喜び」を感じたのはいつですか?? 私はパッと思い浮かびませんでした。
「時間をかけた仕事が無事リリースした」とか小さな「喜び」はあるけど、監督がおっしゃる「中毒になっちゃうような」喜び、嬉しくて震えるような喜びを、最後に味わったのはいつだろう? と考えこんでしまいました。

目次

あなたの夢は「ほんとうにやりたいこと」ですか?

学生とのやり取りの中で、何度か「大切な人が死にそうになっているとき、どうする?」という問いかけがあります。

答えに詰まる学生に対し、監督は檄を飛ばします。

それが今あなたが、自分の夢にチャレンジする態度だよ。何だかんだ理屈をこねくり回して、やらないことの理由見つけてるだけの話じゃん。
それくらいあなたの言ってる夢なんてちっぽけなもんなんだよ。欲しくも何ともないじゃん。だって自分のお父さん(=大切な人)だったら何でもする。それですら、それですら言い訳見つけてんじゃん。

以前は、やりたいことに向かえない若者に対して、
「**をやらないと3ヶ月後に殺されるとしたらどうする? やるでしょ?」
みたいな文脈は成り立っていましたよね。
というか、この論調、よく見かけた記憶があります。

でも、このログを見ていると、そうでもない。
というか、それでも「どうやってやればいいですか?」と聞いてくる人がいる。
それって、本当にやりたいことなの? だから「ぬるいんだよ」という思いが、監督の受け答えから読み取れますよね。

単純な話、やりたいのか、やりたくないのか。つくりたいものを、つくりたいんですか、つくりたくないんですか? そういうことしか言えない。

これって、夢に限らず、すべての「やりたいこと」にもいえること。

こういう話題には必ずといっていいほど「やりたいことが何なのか分からない」という意見が出てきますが、それはまた別の話。

夢を実現させるために、ほんとうに「すべて」を差し出しましたか?

続いて、やり始めたことに対して「やり尽くしたか?」という話。

作品が出来上がるのであれば命をあげますと。命差し出しますので何でもやると。でも、執念だよね。
(中略)
そこまで差し出してるから、その作品に対して何を言われようが、確かに嫌だけど、他に俺、できる術(すべ)がない。やること全部やってます。差し出せるものは全部差し出してる。それ以上もうほんとに差し出せるものないっていう自覚がある、俺の中には。
(中略)
だから言われたってもう、「どうしようもない」としか言いようがない。

 

例えば自分が産んだ子供がいて、その子供がいろんな人に「この子ブスだよね」とか「この子、太ってるよね」「痩せてるよね」「この子、頭悪いよね」って言われてもどうしようもない。それに関しては。
ただ俺はその産んだ子のこと好きだし、そういう風に思って子供つくったし、っていうぐらいのことしか言えなくなっちゃう。

自分のアウトプットに対して、ここまでキッパリ「やり尽くした」「すべてを差し出した」といえる人、日本にどのくらいいるんだろう? と思ってしまいました。

私は「もっとこうすれば良かった」「まだまだ積められたはず」と、つい反省してしまうんですが、言い訳ですよね。

ログを読んでいて感じたのが、監督は「自分ではどうしようもない問題」と「自分がやり尽くすべき問題」をハッキリ区別できているんだな、ということです。

他のログを見ると、資金や撮影期間の問題でどうしようもできなかった点もあったことが分かりますが、これについては「資金集めに対して自分ができることは全てやった」と確信しているから足りない部分も割りきって考えているんだな、と想像できます。

また、上記の引用にもありますが、やり尽くしたから「評価については何を言われてもいい」と考えていらっしゃるんですね。
これ、本当にやり尽くしていないと決して出てこない言葉です。

このログを読んで、美容師の木村直人さんの記事を思い出しました。

単純に考えて「毎日やってる人」にちょこっとやったくらいで勝てるわけないだろう。という話 | Naoto Kimura

共通してるのは「四の五の言わずに、まず行動しろよ」ってこと。

動く前に「失敗しないやり方」を知りたがる人も多いですが、泳ぎ方の本をいくら読んでも実際に泳いでみないとダメなのと同じで、行動する以外に上手くいく方法なんてないんだよ、ということがよーく分かります。


■編集後記■

今回紹介した記事は、紀里谷監督の初のハリウッド進出作となる映画『ラスト・ナイツ』の試写会&質疑応答のイベントの、3つ目のログ

前半2つのログも素晴らしいので、ぜひ読んでみてください!

マナビシェアでは意識して「勢い」に任せた記事はアップしていなかったんですが、今回は実験的に書いてみました。

自分が理想としているサイトにはまだまだ程遠いし、やり尽くしてもいなくて、「メディアを作るのと映画を作るのは、ちょっと違うよね」って言い訳するのはカンタンですが、たぶん「人に届ける」ことの本質は同じ。

「仕事しながら運営してるから」なんて、紀里谷監督に言わせれば「ぬるい」ですよね。
限られた時間でも「やり尽くす」ことはできるはず。

いろんなプロブロガーの方たちが「アウトプット量を増やせ」「毎日更新。話はそれからだ」というようなことをおっしゃっていて、アタマでは分かっていたつもりですが、行動に落とし込めていなかったな……と猛省。

 

行動していないなら、何もやっていないのと同じです。

久しぶりに、記事を読んでいて涙が出そうなくらい、ガツンときました。
このタイミングでこの記事に出会えたことに感謝。

紀里谷和明監督から学ぶ!「楽しい」と「喜び」は違う。やり尽くした先に見える景色とは?

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