干場さん講演「ピンチはチャンス 危機を歓迎する会社をつくるということ〜ディスカヴァー挑戦の歴史〜

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干場さん講演「ピンチはチャンス 危機を歓迎する会社をつくるということ〜ディスカヴァー挑戦の歴史〜

今日は、期間限定でオープン中の「Discover POP UP STORE」で開催されたディスカヴァー・トゥエンティワンの干場弓子社長のトークイベントに参加してきました。

ざっくりした沿革は存じ上げていたものの、干場さんから直接D21社の歴史を伺える機会はなかなかありません!
会場は満員御礼!ということで、レポートします!

1983年 秋のある夜、原宿ラ・ボエムにて

ディスカヴァーの創業は1985年ですが、事の発端はその2年前。
当時、女性誌の編集をしていた干場さんに、同社会長の伊藤守さんが声をかけたそうです。

出版社を創らないか?社名は、Discover21。21世紀を拓く会社だ!

当時はバブルの直前。「21世紀」という言葉が、まだ特別な響きをもっていた時代です。
当時の日本は、現在の中国のように「成長は当たり前」で、経済成長=「幸せ」が当たり前、という価値観の時代。

一方で、「本当に経済成長=幸せかな?」という疑いもあった干場さんは、「これから始まる21世紀なら、既に出来上がった価値観を変えることができるのでは」と伊藤さんの誘いを受けます。

創業30周年の「若い出版社」

老舗だらけの出版業界。ディスカヴァーは未だに「若い」「新しい」出版社と言われるそうです。

新しい出版社ができるパターンは、大きく分けて2つ。

  1. 大手にいた編集者・優秀な営業マン、どちらかがもう一方を誘って2人で創業するパターン。
    編集者は著者を連れて、営業は取次との窓口を持って創業。
  2. 休眠状態の取次口座を持つ会社から買収するパターン。

ディスカヴァーはこの2パターンには当てはまらず、本当にゼロから作った会社です。

企業のミッションは「21世紀の新しい価値基準を提案する
(創業は85年だが、ミッションができたのは1990年)

会社を経営していくためには、以下の5つが必須と干場さん。
以下、時系列に必須ポイントを散りばめて紹介します。

【会社経営の必須ポイント】

  1. 存在意義(ミッション)
  2. 販路(顧客)
  3. コンテンツ(著者)
  4. スタッフ(情熱)
  5. プロモーション

1990年『あなたならどうする100の?』〜取引書店数220店

当時、CDサイズの判型は珍しかったそうですが、雑誌出身の干場さんは「珍しい」と知らなかったとのこと。
1軒ずつ直取引の営業に行っていたそうです。

直取引の限界は400店と言われていた時代(現在750店と言われる。老舗大手がチェーン店を増やしたため)で、2冊目に出した伊藤守さんの著書が売れまくったそうですが、月商は500万円(直取引400店)。

「いける!これからだ!」と手応えを感じていたものの、とにかく売る場所が足りない……という状況の中、業界未経験の若手営業マン(現在の営業局長)が入社し、半年で1000件も新規開拓したそう。すごい!

この1990年→1995年で、若手営業マンの頑張りに加え、さらに取引書店数は大幅に増加します。
営業に行っても、名刺を破り捨てられたり、胸ぐらを掴まれて追い出されたり、ホウキで掃き出されたりしていた中、地方の小さな書店は回りきれないこともあり、中堅の取次(柳原書店)を入れたのが主な要因です。

1993年 取引書店数1500件

販路は増えてきたものの、今度は書いてくれる著者がいない!という状況(必須ポイント(3)が足りない)

苦肉の策として、著者がいないなら読者に送ってもらおう、と『別れたあの人への伝言』という企画で読者投稿を募集したところ、想定以上の反響があったそうです。

著者がいない!という状況はしばらく続いたため、ディスカヴァーは今でも新人著者の開拓が得意とのこと(笑)

同社はこの「弱み(業界の常識を知らない/著者がいない等)」を「強み」に変えてきたんですね。

 

取次を入れたことにより、一気に取引書店数が3000店に増え、売上10億円を目指し始めた頃、なんと5人いた社員のうち3人が「辞めたい」と言い出したそうです。

普段は自信に満ちているように見える干場さんですが、このとき初めて「もう辞めようかな」と思ったそうです。今思うと信じられないですが。

このとき、唯一残った社員が藤田さん(現在の編集局長)。
僕は干場さんがやる限り、続けたい」と言ってくれたそう。

とはいえ、社員2人ではどうしようもなく、伊藤会長に謝りに行ったところ、伊藤さんは一言も責めず、
起きたことは、良かったことなんだよ」と、自社の社員を3人出向させてくれたそうです。

2000年12月27日、柳原書店が倒産

2000年の暮れ、担当者が柳原書店(中堅取次)に行ったら、シャッターが閉まっていたそうです。
1億円分くらいの本を入れていたタイミングで、まさかの倒産。

柳原書店の社長が飛んできて低姿勢で謝り、他の中堅を紹介すると言われたそうですが、「もうウンザリだった」と干場さん。

「直取引でやります」と宣言したら、謝りにきたはずの柳原書店の社長に「ウチらにできなかったのに、おたくにできるわけない!」と言われたそう。。

年明け3日から、柳原書店を通して卸していた書店に、全社員で電話をかけます。直取引でお願いします、と。
結果、8割近くの書店がOKし、残りに2割も2〜3年後には直取引OKになったそうです。

干場さん曰く「最初はあんなに(直取引を)イヤがってたくせに!」(笑)
新しいことを始めるのは抵抗があるけど、既にあることは契約形態が変わっても続けることに抵抗はないんですね。

 

2000年代前半は、読者からのコンテンツ募集でヒットしたCDサイズの本や自己啓発書、女性実用書ばかりを出していたディスカヴァー。
けど、同じジャンルでたくさん本を出しても、書店での棚は増えません(ジャンルが同じ=同じ棚に置かれるだけで棚数は増えない)

女性の営業担当者から「女性ビジネス」というジャンルを作ったらどうか、という提案があり、勝間和代さんに出会います。
その後の勝間本のヒット、カツマー現象は記憶に新しいですよね。

ディスカヴァーの今後は?

近い将来、「ビジネス書といえば、日経・東経・ダイヤ・ディスカヴァーと呼ばれたい」と語る干場さん。

(2015/12/2追記)
と書きましたが、干場さんから以下コメントいただいちゃいました……すすすすすみません!

社員が5人中3人辞めた時期が違うのと、
「ビジネス版元として、ダイヤ、ディスカヴァー、日経、東経と言われるようになろう」と、とりあえずのゴールを決めたのは、2007年のことで、将来の夢などではなく、もうそれは、2010年くらいには達成したので、ここ2、3年のビジョンは、グローバルな総合出版社(と言っても、雑誌も漫画もという意味ではなく、ジャンル的に人の全人生を扱うという意味で)なんですけど。。。
それが現時点での将来の夢と誤記されているということは、客観的にはまだまだということか。。。(苦笑)

自分のメモを見て推理中……売る場所が足りない!営業に行っても名刺を破り捨てられる、とおっしゃっていたのが1992年頃。
1993年に初めて朝日新聞に求人広告を出して、年に5〜6人ずつ採用しはじめた、とのことだったので、「社員5人中3人が辞めた時期」=1990〜1993年の間かなーと思ったんですが、すみません!干場さん、実際はいつなんですか!?

(追記ココまで)

 

「言ったモン勝ち!」とビジネス大賞を作ったときは、影で「何でディスカヴァーが?」と言われたそうですが(笑)、ルールは作ったもん勝ち、と干場さん。
他人が作った土俵で戦うのは、大手じゃないと無理、ともおっしゃいます。

そんなディスカヴァーの今後の展望は、大きく3つ。

  • 紙にこだわらない(出版業界の疲弊:返品率40%、重版かからない本が80%以上)
  • 日本語にこだわらない(少子化により「本を読む人口」が減る。でも、英語・中国語を話す人は多い)
  • 文字にこだわらない(コンテンツの360度展開。時間の奪い合い)

「最近は、みんな電車の中でゲームしてるじゃない」と干場さん。
確かに……ワタシはiPhoneのKindleアプリで本を読んでますよ!(キリッ

干場さんの名言「”へそまがり”であれ」

と、ココまでは時系列にお話ししてくださいましたが、あとはいろんな話が飛び出したので、特に印象的だった名言をご紹介します。

何のために普段から勉強が必要なのか?というと、チャンスを連れてくる人に出会ったとき、ちゃんと話ができるようにするため。チャンスは人だけが連れてくるもの。

あなたのチャンスは、あなたのサークル(日常的に付き合いのある人)の外にある(サークル内のチャンスは既に得ている)
「ちょっと違うな」「めんどくさいな」って思う誘いにも行ってみること。

出会ったからには、(合わないなと思っても)少なくとも会っている間は100%相手から「学ぼう」とすること。ハンパな優等生ではダメ。

 


その後もずっと付き合いを続けるのは、後から考えれば良い。
優秀な人は、誰からも学ぼうとする。
ハンパな優等生は、ちょっとでも自分より下だな、と思ったら相手の話を聞かない。

「断捨離」がキライ。最初から捨てるようなモノを買うな!

「へそまがり」であれ。
一番キライな言葉は「みんなそうしてる」「普通はこうだから」「前はこうだった」
決められたモノがあると「何か違うことがしたい」って思う。

全部「干場さんらしいな」と感じる名言?ばかりでした。

ココでは紹介しませんが、「紙の本で売れるのはどんな本?」という質問に対する干場さんの答えは「なるほど!」と思う内容でした。
だからこそ、今のディスカヴァーがあるんだろうなーと。


■編集後記■

いかがでしたか?

他の社員が辞め、藤田さん1人だけ残ったときのエピソードは、何度か伺ったことがあるものの、やっぱりウルッときました。

このとき、干場さんは「人は自分のためにチカラは出せない。人のためだからこそチカラを出せる。誰かのため、があるとチカラが沸く」とおっしゃっていました。
「誰かのためにチカラを出せる自分のため、という考え方もできるけど」ともおっしゃっていましたけど、たぶんテレ隠しですよね?(笑)

 

商業出版の1冊目からファンなディスカヴァー。
最近は「準社員」なんて呼んでいただいてますが、これからもずっと応援していきます!

干場さん、貴重なお話をありがとうございました!